2005年05月10日

嗚呼!おんなたち 猥歌

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タイトル:嗚呼!おんなたち 猥歌
製作  :1981
監督  :神代辰巳
出演  :角ゆり子、中村れい子、内田裕也

ギターの音一発でその場の空気を変えてしまうのがロックの魅力の
ひとつであるのだが、それはいつだって張り詰めた緊張感を伴うのだ。
その緊張感を出すのはそれ相当の蓄積された力がないと
そうそう出来ることではない。


「嗚呼!おんなたち 猥歌」の内田裕也は売れないロックミュージシャンを
演じており、その破天荒な性格でマネージャーの女をレイプするし、
通行人をいきなりぶん殴ったり、とめちゃくちゃである。
ロック的な生き方というのが通用したのは、
おそらく1970年代までのことであると、わたしは勝手に推測するのだが、
1981年のこの映画はそのロック的な生き方が、
信じられなくなりつつあるグレーゾーンのような時代ではなかろうか。
その時代感は洋子(中村れい子)と佳江(角ゆり子)の生き方の差に感じるのだ。
佳江は洋子より歳が上で風俗嬢をしてジョージ(内田裕也)を
養っており都合よくジョージに使いまわされているのだが、
ジョージに対する気持ちはヒステリックなまでに一直線である。
一方の洋子はジョージにレイプまがいのセックスをされたにもかかわらず、
なんとも客観的にジョージに振り回されている自分を楽しんでいる。
どちらも性格といってしまえばそうなんだが、
ロック的な生き方(ジョージの生き方)にどっぷりはまってしまう佳江は、
その生き方の持つ幻想を信じており、それは破滅に
生きることへの自惚れを感じる。
洋子はどこか気だるく、自分というものが薄く、信じるものなんてなく、
自らが映画のいちヒロインを演じているかのように確信犯的に振舞う。
そう考えるとこの映画はジョージを通して二人、ジョージの奥さんを入れたら
三人の女性が、いかにして男性幻想に対して態度を決めるかという
ところが面白さだろう。

1980年以前に通用していたロックとは
きわめて男性的なものだったのであり、だからこそ内田裕也は
はまり役だったし、ロックのもつダイナミズムをこの映画の
ライブシーンで遺憾なく発揮していたし、破滅のもつ哀愁も感じられた。
「ロックは死んだ」なんて言葉があるが、内田裕也はまだ生きている。
まだまだロックに対する興味は尽きない。

(文化遺産)
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posted by つるっと温泉卵 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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