2006年05月05日

うつせみ

3-iron.jpg
タイトル:3-IRON
製作  :2004 韓国/日本
監督  :Ki-duk Kim
出演  :Seung-yeon Lee、Hyun-kyoon Lee、Hyuk-ho Kwon

「観念オバケVS身体そのもの」
青年テソクは劇中ひと言もしゃべらない。
観ている私たちが彼の心を知るには、動きや表情で判断するしかない。
彼の行動とは他人の家に侵入し、物は盗まずその家で自分の写真を撮る。
あとは自分の家にいるかのように料理をしたり、風呂に入ったりごく普通の日常生活を過ごす。
なんだ、こいつは。と、思った。オバケかとも思った。
よく分からんのでオバケと仮定したら、彼に心や感情があるかはどうでもいいことだと思えた。

でも彼は一応いる。
いるというか存在している。身体はあるわけだ。
だがいつのまにか彼は身体も消してしまう。
あちゃー、こうなったらいよいよ分からん。
本当のオバケになってしまったか、どうかは分からないが、
とにかくカメラは彼の存在を映さない。
では、どうやって彼を知れというのか?

それはそうとテソクの相手役のソナもひと言ふた言しかしゃべらない。
彼女は夫に暴力を振るわれており独りで泣いている。
彼女の家で二人は会うのだが、その時にテソクは初めて感情的になる。
そして、ソナを連れて行く。おう、オバケではないようだ。

さて、身体を消したテソクは再び家に戻ったソナを迎えにいくのだが、
ソナは姿の見えないテソクのことが分かるらしい。
良い。これは良い。
オバケは観念から生まれるものだ。
実体があったら私たちはオバケと認識できないから(普通に人間だと思うはず)。
だから、オバケは観念を刺激しつつおぼろげに存在する。

身体はいいなぁ。だって身体があれば、とりあえず存在するから。
では、存在するのに存在しないテソクとは…。
おそらく「観念VS身体」の決着はつかないと悟ったのではないか。
というか闘わさないというか。
キム・ギドク監督は映画の最後にこう記す。
「実際のところ何が現実で何が夢なのか知る由もない。私たちは現実と幻想の際で生きている」
まあそういうことか。
(文化遺産)


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posted by つるっと温泉卵 at 13:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
つるっと温泉卵が、風呂とか知るには
つるっと温泉卵が、よく動きなど思った
つるっと温泉卵が、他人などを生活したかった。


Posted by BlogPetのリンリン at 2006年05月07日 09:47
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